葬儀の総計を押さえることができたのにと反省しています。

葬儀の総計を押さえることができたのにと反省しています。

あたいはこれまで、4人の祖父母の葬儀に参列しました。

 

4ヤツとも宗派は浄土真宗で、戒名料金などもさほど高額ではなく、そこそこ参加者もいた普通の葬儀で、目立ったキャッシュ妨害のようなこともなかったです。

 

軽度異変などで突然逝去したわけでもなく、死において家庭がある程度覚悟していたので、スムーズに葬儀を執り行えたのも事実です。

 

ただ、私の田舎のクライアントでは、昔からうちで葬儀を上げる風習があったので、それを履行してれば二度と賃料を押さえつけることが可だったという改心点はあります。

 

生まれ故郷なので、例えば周囲先住民の方々が積極的に葬儀の助太刀などをされる慣習があり、ぐっとそれに甘えて、必要最小限の賃料で葬儀そのものを簡略化することは可能だったのです。

 

できれば、葬儀ところではなくってうちで家庭葬みたいなこじんまりとした葬儀を通じてもよかったのかもしれません。

 

葬儀ところに親族や遺族が通夜から葬儀のお天道様まで逗留して暮らすことが、ストレスになることがあった可能性があります。

 

ただでさえ、葬儀自身で怒りをすり減らしているのに、慣れない葬儀ところに一泊始めるヤキモキは大変なものがあったのです。

 

家庭葬とか地域社会の人たちに支えられたこじんまりとした葬儀のあり方を、これから先は検討してもいいのですね。

 

(熊本県玉名郡和水街 星空セント様)